展示のみどころ


【みどころ1】   初公開! 丹生神社の神像

 貴志川は、平安時代から江戸時代において、高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)の領地の西境と認識されていました。そのため、高野山金剛峯寺は貴志川流域の村々と深い関係を結んでおり、特に高野山、弘法大師や丹生明神(にうみょうじん)に関わる信仰が、流域の村々には濃厚に残っています。しかも、貴志川流域には丹生(たんじょう)神社が多く祀られているのも特徴的です。

 貴志川下流域の東岸、紀の川市貴志川町北には、丹生神社が祀られています。近年、この丹生神社に南北朝~室町時代の丹生明神像・高野明神像が残されていることが明らかになりました。今回の展示で初公開いたします。


丹生明神像(にうみょうじんぞう)
【展示番号17】


高野明神像(こうやみょうじんぞう)
【展示番号17】

 

【みどころ2】  初公開! 貴志川下流域の旧家・橋口家資料

 貴志川下流域の旧家・橋口家には室町時代から昭和時代までの古文書類約500点が残されています。今回、橋口家の資料を調査する機会を得ましたので、その調査成果を速報的にご紹介いたします。

 橋口家は、紀北・泉南地域の村々の祭りで神事能(しんじのう)(「翁(おきな)」)を舞い、奉納した「貴志大夫(きしだゆう)」の家として有名です。実際、資料のなかには面や狩衣(かりぎぬ)など、能関係の資料が残されていました。また、室町時代以来、数度にわたって高野山を戦乱から守った家としても知られています。高野山との関係を物語る古文書も多く残されており、なかには、伊達政宗(だてまさむね)の書状や、木食応其(もくじきおうご)に関わる古文書なども残されています。

 これらの資料を通じて、高野山の西端にあたる貴志川流域の歴史的、地域的な特徴をご紹介いたします。


翁面(おきなめん)
【展示番号28】



鬼面(きめん)
【展示番号29】