中世@-Cかせ田荘絵図
荘園絵図とは、荘園の景観を絵画的に写しとった絵地図のことです。 11世紀後半になって、人・集落・耕地・山野河海を一体のものとして支配する領域型荘園ができると、荘園として認めるとき(立荘りっしょう)に、その土地の範囲を描いた絵図がつくられるようになりました。
また、荘園の境界争いなどがあったときにも絵図がつくられました。
紀伊国内の荘園に関する絵図は5枚残っていて、かせ田荘絵図と神野真国荘絵図(こうのまくにのしょうえず)は立荘の際の、井上本荘絵図と高家荘絵図は争いの際の絵図です。
かせ田荘絵図は京都の神護持と地元かつらぎ町の宝来山神社(絵図の八幡宮)に残されています。
この絵図は宝来山神社のもので、用水争いを有利にすすめるため、江戸時代の初期に改竄・補修されていることがわかっています。